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自己紹介ーCOLORFUL LIFE-MIKIのプロフィール

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こんにちは。このブログの筆者MIKIです。

お時間あるときにサラっと呼んでいただけると嬉しく思います。

 

19歳年上の旦那様と、南の島でのんびり暮らしています。

東京生活から南の島へ移住。

2016年から、夫婦で「南の島のフォトツアー」を運営し、
ビーチウェディング撮影やロケーション撮影をしています。

奄美大島のロケーション写真撮影RDA(Relaxing Days Amami) |奄美大島ロケーションフォトRDA
奄美大島のウェディング撮影、ロケーションフォト撮影は RDA(Relaxing Days Amami). 奄美の自然の中すべてがフォトスタジオ!大切一日をカタチに残しませんか? 奄美大島の現地ロケーション写真撮影

 

MIKIのサクッと自己紹介

  • 1976年 東京生まれ。(現在43歳)
  •  2歳~10歳  千葉で過ごす。
  • 10歳~18歳  奄美大島で過ごす。
  • 短大卒業後  ただのOLを悶々と続ける。
  • 2004年 カラースクールに通い26歳10か月で独立。
  • 2006年 六本木ヒルズのアーテリジェントアカデミーやDICカラースクールの講師を務める
  • 2006年 カラー&イメージコンサルティング事業で法人化
  • 2016年 本社移転(東京→奄美大島)
  • 2017年 南の島のフォトツアーRDA スタート
  • 2018年 本場奄美大島紬美人に最年長で就任
  • 2020年 大島紬アンバサダープロジェクトスタート

 

以上、サクッと自己紹介でした。

詳しいプロフィールは以下に書いております。ご興味のある方がいらっしゃいましたら、、、m(__)m

幼少時代~学生時代

1976年東京の練馬区で長女として生まれ、2歳~10歳は千葉市で育ちました。
幼少の頃から、大人っぽい子供だったようです。

妹 Nonとの2人姉妹なのですが、どちらが姉かわからないほどしっかりした妹で(間違えられることもあります)このブログも一緒に書いています。

こんにちは。Nonです。夫と4人の子供たちと一緒に島暮らしをしながらココロのトレーニング方法をお伝えしています。

私が10歳の頃、親の出身地である奄美大島へ引っ越し、
小学校4年生~高校を卒業するまで奄美大島で過ごしましたが、
当時は早く奄美大島を出て都会に行きたい!・・・と毎日のように思っていました。

高校卒業翌日に、東京へ上京しました(笑)

 

東京ライフ

東京で暮らすことが夢になっていた私は、その先の目標などなく、
なんとなく東京にある短期大学を卒業後、なんとなく就職しました。いわゆる腰掛けOLライフ?
会社の理解が出来ないルールに従うことができず、言われたことをこなすだけのダメダメOLでした。

プライベートもうまくいかないことが多いし(ここは話すと長いのでいつか…笑)
「私は、このままなんとなくOLを続けるのかなぁ。。」と思うと怖くなり、
「どうしても今の生活から抜け出したい!」と一念発起!

社会人スクールを探しまくった結果、カラースクールに出会いました。

スクール費用を捻出するために、昼間のお仕事のあとは夜もアルバイト。
節約生活もしながらスクール課題に追われていましたが、充実した日々に満足。

私は『色のある世界』にハマり、色彩学・色彩心理学・パーソナルカラー(外面の色)を学び、26歳10か月のときフリーランスのカラーコーディネーターとしてを独立しました。

その後、企業案件を増やすために30歳で法人登記。表向きは順風満帆のようでした。

写真は、会社設立パーティーで母と妹と3人で撮った大切な1枚。

プライベートのこと  / クラブ活動

20代の頃は、お昼も夜も働いていたのでプライベート時間は多くはなかったけど、一人暮らしの家は寂しくて帰りたくなかったのことや、仕事後で友達に会える空間が心地よくクラブにハマりました。

青山や麻布十番のクラブを中心に、都内のクラブを満喫♪
お酒も好きですが、この頃はとにかく踊っていました♪ まるでジムに通っているかのように(笑)

アルバイトでは、銀座や六本木のクラブでお世話になりました。
このとき出逢えた一流のママのおかげで、コミュニケーションの重要性や、仕事に対する心構えを学びました。普通ではなかなか出逢えないような方々との接する貴重な機会も多く、そこでの会話や出来事から得られた「気づき」は贅沢なものばかりでした。
銀座のクラブで働いていた期間は、今の私を形成するための大切な時間だったと心から感謝しています。

お仕事のこと / カラー&イメージコンサルタント

26歳でフリーランスのカラーコーディネーターとしてデビューをしました。
最初のお仕事は、六本木ヒルズのアーテリジェントアカデミーでのカラー講師でした。
その後、母校のDICカラー&デザインスクールの講師を務め
・広尾では自宅サロン
・恵比寿では知人オフィスの一部を間借り
・渋谷でやっと独立したカラーサロン&スクールを運営しました。

その頃から少しずつ研修などの企業案件も増えました。 実績はこちら

現在も、企業や団体様の色彩研修や不定期で個別カラー診断を行っております。

フォトスタジオとの出会い

私の人生の中でも大切な出会いの1つになったのが、友人のフォトスタジオ運営のお手伝いをさせていただいたことでした。

当初はカラーコンサルタントとして、写真や衣装の色やスタイリングを中心にスタッフ教育のお手伝いということでしたが、写真の大切さや楽しさにのめり込んだ私は、いつのまにかスタジオ運営管理や子供衣装オンラインショップのお手伝いまでもさせていただきました。

毎日、写真と向き合いました。
写真との出会いは、私の日常をさらに充実させてくれ、仕事だけでなく趣味でも写真ブログを始めました。

このときの「写真」との出会いが、今のお仕事にも繋がっているのだと心から感謝をしています。

 

東京・渋谷から南の島へ移住

公私共に東京での生活も充実し都会生活が大好きな私でしたが、なんと39歳のときに子供の頃に過ごした南の島(奄美大島)へUターン移住することを決心しました。
若い頃、あんなに脱出したかった奄美大島へ。(笑)

理由は、年齢が19歳はなれた今の主人との出会い!!
(ブログに書くと3万文字を超えそうなのでここでは割愛します。)

とにかく「せっかくの人生。自分の心に正直に生きていきたい。」

そう強く思い、後ろを振り返らず前だけを見て、次々に計画を進めていったのを覚えています。

 

定年退職後の移住については(いろいろあるので!)別の記事で書きたいと思います!!

 

年の差19歳夫婦の移住ライフ

若い頃から南の島に憧れがあった主人の思いと、
「奄美だったら妹や友人もいるから何かと安心だな。」と思った私の思いが一致し、
主人は思い切って会社を早期定年退職をし、夫婦2人だけの島暮らしが始まりました。

特に、アウトドアでもなくマリンスポーツが好きでもない私たち夫婦にとっての島暮らし(笑)
引っ越す直前は、渋谷駅から徒歩5分という場所に住んでいた私たちにとっての島暮らしは、想像以上に「何もないところ!(驚)」

移住前に何度も来ていましたが(私は住んでいたのに!)
生活となると、ほんとーに選択肢が何もないことに最初は慣れず、戸惑いました。

朝、コーヒーを飲みに行きたくても、スタバはもちろんコーヒーが飲めるお店が車で30分!
都会での当たり前は、島では特別なことに気づいたのは、移住後でした(笑)

写真は「カフェがないから近所の海前でモーニングコーヒーを飲む」ところ♪ ビーチサイドのカフェ風に(笑)

夫が定年退職後カメラマンに!南の島のフォトツアー

移住後は夫婦でツアー業を始めたのですが、ツアー中に撮っていた写真が好評で

「ツアーではなく写真撮影をしてほしい」というご依頼が増えました(笑)

 

 

 

 

その後「ウェディング写真を撮ってほしい」という相談があり、
最初は「私たちは写真屋ではないので大切なウェディングの撮影は難しい」とお断りしましたが、
私たちの写真を気に入ってくださり、どうしても撮ってほしいいうことで、
人生で初めてのウェディング写真撮影をさせていただきました。

まさか僕がウェディング写真を撮るなんて、思ってもみなかったよ!

その写真をSNSにアップしたところ、その年のゴールデンウィークのスケジュールがいっきにウェディング撮影ご依頼で埋まりました。(驚)

これが、私たちのビーチウェディング撮影のはじまりです。

 

プライベートのこと ~大人夫婦の島暮らし~

大人夫婦の島暮らし。

移住直後は、長年にわたり都会のストレス社会で過ごしてきた主人を癒したいと、海や自然の中でただのんびり過ごしました。

電車の音や生活雑音がまったく聞こえない田舎って、静かすぎて最初は怖いくらい。
朝は鳥のさえずりや虫たちの鳴き声のボリュームが大きすぎて、目覚まし時計いらず。笑

海までは徒歩で3分ほど。
毎日のように、シュノーケリングをしたりSUPをしたり。
ビーチで乾杯も♪

近所の畑で野菜作りなどもしました。

朝は、サンライズが美しいビーチまでドライブし、
夕方は、サンセットが美しいビーチへドライブ。

 

私の場合、このルーティンは2年ほどで飽きました。笑
でも、主人と一緒に過ごせていることが何より幸せなのです♥

 

大島紬アンバサダーも設立しちゃいました

39歳で奄美大島へ移住後、41歳のとき歴代最年長で本場奄美大島紬
ほんばおおしまつむぎ
をPRする紬美人に就任しました。

2年間の任期で体感した大島紬の着心地の良さ、そして世界一緻密とも言われる繊細で奥深い製造工程に感銘を受け、紬美人の人気を終えたあとも世界中の方々への発信や継承活動を行うため、自ら大島紬アンバサダー・プロジェクトを立ち上げ、現在も大島紬の普及・啓蒙活動を行っております。

 

 

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